ゆうけいの月夜のラプソディ

ゆうけいの月夜のラプソディ移植版

駒大苫小牧高校事件への疑問(長文です)

 もう、あっという間に終焉してしまった駒大苫小牧高校の野球部部長暴力事件ですが、後味の悪さが尾を引いて、未だにすっきりしない思いでいます。当初の自分の思いはHOMさんの意見に一番近く、それほど大した問題か、それにしてもまた匿名電話か、という程度のものでした。その後の展開も予想通りでした。早く問題を収束させたい高校側が早々に家族と和解し、優勝取り消しなどという大問題にしたくない高野連高野連で、報告書が出た途端その日のうちの処分決定で終わってしまいました。

 ただ今回は自分の中でどうしても引っかかる部分があり、その後もニュースを追っかけていたのですが、出てくる情報が少ないこともあり納得はできていません。一度草稿を書いた事は書いたのですが、しかしそれをブログに載せるとなると

1: 自分の仕事関係の事を書かないといけない

2: 下手すると名誉毀損になりかねない

という点がネックになり、ボツ記事として削除しておりました。

 その代償行為的にこの事件関連のブログをあちこち覗いていたのですが、概ね予想通りの反応で、自分の疑問にはっきりと切り込んでいるブログは見当たりませんでした。しかしその中でも高校野球に関しては以前から大変な情熱を持って書いてこられたKEIKOさんの意見は、事件が落ち着いてから十分に考えをまとめられてからお書きになっただけあって、節度を持って大変よく考察しておられると感心しました。

 ところがそれに対する自分のコメントときたら、自分で書いていても隔靴掻痒的なところがあり、われながら落第点だなあと正直言って情けない思いでした。それなのにわざわざメールまでいただいたKEIKOさんへの礼儀として、やはり自分の疑問をある程度は説明しなければならないだろうと思い、この記事を書くことにしました。

 これだけ今までにない(^_^;)真剣な前置きをそれも長ったらしく書いたのにえ?なーんだ、そんなことで?とびっくりされそうですが、私の疑問とは

健常な高校生男子のあごがそんな簡単に外れるのか?

ということなのです。

 実を言うと私は20年以上脳神経外科医をしています。その大半を救急病院勤務で過ごしてきましたし、麻酔科の経験もあります。だから顔面外傷に関しては口腔外科医のような本職ではないにしても人後に落ちない経験は持っているつもりです。その私の20年余の経験をもってしても、体罰で殴られてあごの外れた患者というのは見た事がありません。習慣性脱臼等の特殊な場合もあるにはありますが、ごくごく一般的にいって顎関節はそう簡単に外れるものではないのです。

 平手で殴られて起こることとしてまず頭に浮かぶのは鼻血が出るとか歯が折れるとか、鼓膜が破れるとかくらいでしょう。次に可能性として考えられるのは顎関節の機能が障害され、あごを開けにくくなったり咬み合せが悪くなったりする顎関節症が考えられます。これを生じるとなると相当な力或いは回数で殴らないといけません。

 そしてそれ以上の強力な外力が加わった場合も単純に顎関節が外れるというのは稀有なことで、外れる前に大抵下顎骨が折れてしまうはずです。ということで、外力で顎関節をうまく外すというのは実は至難の技なのです。アントニオ猪木に気合入れのビンタをされてあごが外れた人っていませんよね。相撲の張り手であごが外れたという話も聞いた事がありませんよね。

 だから最初「平手2,3発であごが外れた」と聞いたときは、そんなバカなと呆然としました。誰かが嘘をついているか、或いはマスコミ報道が非常に不正確であるか、だろうと思いました。

 次に学校側から「2,3発ではなく10発以上に訂正(それでも家族側からは20発以上と差がある)」との報道がありました。学校側の態度にはうんざりしましたし、ひょっとしたら骨折等を伴うかなりの重症だったんじゃなかろうかとの危惧もおきました。まあ、少なくとも顎関節症は起こっても不思議ではないなと感じました。

 しかし一方で、「生徒は当日は病院へ行っていない」とか、「甲子園にもみんなと一緒に来ていた」とか、「周りにいた生徒はあれくらいされても仕方ないと思った」とかの報道も出ました。正直もう訳がわからなくなりました。

 その後納得できる報道もないまま、「回数の差には認識の違いがあるがこども(被害者高校生)が泣いてもう止めてくれというので和解に応じた」というなんだか訳のわからない結論でしゃんしゃん手打ちと相成ってしまいました。

 この記事の冒頭のリンクにはYAHOOニュースで検索した60件以上の記事のヘッドラインが並んでいます。それを冷静に読み返してみると実は「顎が外れた」と書いてあるのは8月23日付のサンケイ新聞サンケイスポーツデイリースポーツの三件しかありませんでした。そしてその後「あごが外れた」という記載は全く消えてしまっているのです。その後病名に言及しているのはサンケイスポーツの「外傷性顎関節症」という記事があるのみです。にもかかわらず世間殆どの方があごが外れたと信じておられるのです。これじゃあ、洗脳に近いんじゃないでしょうか。

 もちろん本人を直接診たわけでもないし、診断書も見られるはずもないのですから、断定的なことを言うことはできません。ただ、新聞記事からのみ推測して見解を述べよといわれたら、おそらくあごは外れたりしていないでしょう。後日の記事にあった外傷性顎関節症というのがおそらく正しい診断ではないか、と思います。知り合いの歯科医にも訊いてみましたが同意見のMLが歯科医の間で回っているとの事でした。

 もちろん外傷性顎関節症を起こすほどの外力というのは明らかに暴力です。その点になんら異論はありませんし、今回の一番の責任は部長をはじめとする学校側にあると思います。ただ、世間一般の方はおそらく

え、あごが外れるほど殴ったの、それはひどい

とごく単純に受け取られると思います。冷静沈着なKEIKOさんのブログにしてさえ、そういう記述があります。今回の騒動ではこんな感情的な面が先行してしまい、まず部長=悪という図式ができてしまい、冷静な議論など望むべくもなかったように思います。

殴るには殴るだけの理由があり、どういう状況でどこまでなら躾として許されるのか

という議論も私は必要なのではないかと思うのですが、ブログ関連で冒頭のHOMさんやほったいものNEMOTAさんが言及しておられるくらいで、新聞TVラジオ等のマスコミは「暴力根絶」のスローガン一色に埋め尽くされているようです。これはやはり「あごが外れた」というイメージの強烈さ故なのではないでしょうか。

 

 これが意図的に出された表現なのかそれともマスコミの誤報なのかという点まで踏み込むと冒頭に書いたように名誉毀損の問題が出てくるのでこの辺で詮索は止めざるを得ないと思います。

 ただ、熱しやすく冷めやすいマスコミには言いたいことがあります。正確な検証を経ない記事をたれながしほったらかすのであればTVのワイドショーと同じレベルではないのですか。社会の木鐸を自認するなら扇動的な表現を使って世論を煽る前にきっちりとした裏を取られてはいかがですか。

 こんな暗い長文を読んでいただきありがとうございました。本当にこんな記事をブログに載せていいのかという逡巡もありました。まことさんではありませんがブログを閉鎖することも覚悟で書きました。今までこちらからコメントをください、とお願いしたことはありませんでしたが、今回は読んでくださった方にはできるだけ御意見をうかがわせていただきたいと思っています。よろしくお願いします。